<   2014年 11月 ( 1 )   > この月の画像一覧

概要
福島県いわき市小名浜に誕生したオルタナティブスペース。

昼間の生業を「晴耕」、生業が終わった夜や休日などを「雨読」と考え、その雨読時間を活用し、創作活動やイベント企画などをしようというコンセプトのもと、2011年5月に誕生。

平日は主にアトリエとして、休日はカフェスペースやライブ会場として使われ、それぞれのメンバーがそれぞれにプロジェクトや得意分野を発揮する場所として機能している。

所在地
福島県いわき市

開催日
部員のいる日(ほぼ毎日)

活動内容
部員の仕事外での創作活動、飲み会、トークイベント、ライブほか

具体的活動
・異読会
・『雨読の毒』
・ いわき即興芝居・即興コメディプロジェクト
・小名浜スケッチほか

発足
2011年5月

運営
たんようすけさん、小松理虔さん

発見
AAF学校2012いわき合宿

紹介サイト
UDOK.ウェブサイト
http://udokonahama.tumblr.com/

…………………………………………
[インタビュー  たんようすけさん・小松理虔さん]
UDOK.は、晴耕雨読からきた名前です。昼の本業の“晴耕”に対して、趣味の創作を“雨読”と考えて小名浜の仲間と集まる部活的、部室的な場所ですね。実家から2~3分でたんくんと僕が仕事が終わってすぐに行って、人と話したり飲み会をしたりする場所でもあります。

以前、上海にいた時、こういうクリエイターの集まる場所がたくさんあって、最初に外国人がこういう場所を作って、そこに中国人が入ってきて、面白い街の感じができていくので、そういう場所を日本でつくりたかったんです。小名浜、建築と検索したら、ツイッターでたんくんを見つけて、とりあえず焼き鳥屋で二人で飲んでいるところからUDOK.は始まりました。

家賃6万円を3万円ずつ僕とたんくんで出しています。あと、月5000円の部費をメンバー8人で集めて4万円の、計10万円を活動資金にして、余ったお金で画材を買ったりしています。名刺をデザインしたりする仕事も受けていて、お金にはならないけれど、4回分タダで美容院で髪を切ってもらったりとかありますね。

最近は、家や家族の住み方が変わってきていると思います。震災直後、お金や親せきが頼りにならないことを本当に実感して、いくらお金があっても食べ物や水が買えない状況がありました。仲間とかのつながりの方が助けになるというのを実感して、人を通した街の価値観が変わりましたね。

僕は震災後、1500人くらいツイッターのフォロアーが増えて、UDOK.にも遊びに行きますと言う人がいろんなとこから来てくれたんです。人を探そうとすれば、どこにでもいるんだなと最近は思っています。小名浜在住でサーフィンの映像を創っている映像作家の人や、スポーツ誌ナンバーの写真を撮っていた人が僕らの活動に協力してくれたりするんです。

小さな港町だけど、震災が起きて、ふるさと東北についての考え方が変も変わりました。被災地に関わった色々な人にエッセーをお願いしていて、何十かの原稿を書いてもらいました。そんな風に思いを膨らませてもらうことで愛着がわいたり、思い出が強くなったりするように思えるので、そこに訴えかけたりすることの大事さを感じますね。

福島の声というよりも、チェルノブイリクラスの汚染地域に住んでいる僕らがいて、世界で誰も経験したことのない状況があって、今必要なものを積み上げていって、僕らが考えていくポスト3 .11 というわけじゃないけれど、価値観や暮らしを考える場所にしたいと思っているんです。地震や震災は、街や子どもたちのことを考えるきっかけにもなりました。

メンバーには部費をもらっているので、UDOK.はまさに部室なんだと思います。授業が終わって部活が始まる前の集まっている感じとか、部活が終わった後のぐだぐだしている感じとか。そんな感じと上海で見た、企画や展覧会がどんどん決まるスピード感や、勢いがある面白い場所という感じのイメージがあります。日本ではそんな場所なかなかないですからね。
a0271438_550451.jpg

…………………………………………
アサヒ・アートフェスティバル関連のイベントで福島のいわきに合宿に行く。
そのいわき見学の中で見たUDOK.は、【部室ビルダー かえるぐみ】を主宰する藤浩志が現在探している「地域に開かれた部室的場所」そのものだった。

港から少し離れ、津波の影響が少なかった商店街の空き店舗を改装したスペースは、一見何をやっているのか全くわからない場所。この場所を運営する、小松さんに案内され入った空間は、小学校の教室ほどの広さで、ヴィレッジヴァンガードに置かれたようなアート系、サブカル系の本が並んだ棚。

さらにはおしゃれ系の自転車や飼い主未定の子猫ちゃんがいる雑然とした雰囲気のスペースだった。
壁には青と黒の文字で晴耕雨読と書かれたグラフティや、震災直後の新聞紙面などが張り重ねられており、奥のマックや、レーザープリンターが置かれた事務所的な雰囲気も含めると、シェアハウスと制作スタジオ、ジェアオフィースの3つの機能が混然一体となった状況がいい感じに伝わってきていた。

たぶんそれらは若い世代のストリート的感覚と、脚本家・宮藤官九郎さんがシナリオを書き大ヒットした『木更津キャッツアイ』的な、「東京」という都市にそれほど羨望感を持たない若者の、地元のたまりば的感覚を共有するつながり感。そういったものが、震災以前の「当たり前の日常」と呼ばれていたものが、「当たり前」でなくなり、見直されている流れとしてUDOK.のような場所を生んでいるのだと思う。

UDOK.の後に訪れた大型文化施設「いわきアリオス」を紹介してくれた藤さんが言っていたことが合宿を終えた後になって思い出されてきた。「震災の前後で館の使い方が転換した。日常が非日常化した状況の中で、本来非日常的なコンサートや芝居体験が日常的にできる感覚を人々が求めるようにになった」。

手づくりで生まれた部活的拠点でも、百数十億円を投入した巨大施設でも、「当たり前の日常」の貴重さを自分たちで再確認する行為が、様々な人や場所によって行われているのだと思う。
[PR]
by kaerugumi | 2014-11-13 11:13 | 居場所